「武蔵ロケッツ」で初のBCリーグ地区優勝!新しいチャレンジが実を結んだ埼玉武蔵ヒートベアーズの1年
「武蔵ロケッツ」と名付けられた韋駄天集団が走りまくる。リーグきっての機動力野球で、チームの盗塁数はこれまでの記録を大幅に更新し、60試合で164個。相手チームにとっては、何とも嫌な集団だったはずだ。 ルートインBCリーグで、球団創設以来初の地区優勝に輝いた埼玉武蔵ヒートベアーズ。 プレーオフではオセアン滋賀ブラックスに敗れて惜しくも準決勝敗退となったが、角晃多監督のチーム編成と采配が当たった会心のシーズンを振り返る。
Naoko Inoue
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2021/11/30
12球団最後のリーグ戦
ルートインBCリーグは今季12球団だが、来季からは西地区(滋賀・福井・富山・石川)が分かれて日本海オセアンリーグという別リーグとなることが決定した。12球団では最後のリーグ戦となった今季、東・中・西地区で4チームごとのリーグ戦が行われ、東地区と中地区では交流戦も組まれた。いまだコロナ禍の影響が大きく、リーグ戦は縮小を余儀なくされたが、その中でも個性溢れるチームが見ごたえのある戦いを繰り広げた。
GM兼任となり、本格的にチーム作りを任された埼玉武蔵の角晃多監督は、今季に向けた選手獲得について「獲得だけで言えば100点満点」と評していた。
そして、「優勝とドラフト、どちらも狙う」と公言。毎年多くの選手が入れ替わるBCリーグでは、戦力を確保し育成しながら勝利するのが難しい。その中で「勝てるチーム」を作り上げ、地区優勝を成し遂げた。ドラフト候補の育成についても、方向性としては確かな手ごたえを感じた。今年は指名なしという結果となったが、来年に期待したい。
優勝へのチーム作り
優勝するチーム作りのためには、まず先発の柱をしっかりさせること。そして打順を任せられる野手を少なくとも3人から4人作ること。角監督はそう言う。ドラフトでは大卒野手、大卒投手、高卒投手を指名し、元NPB選手としては、由規(元楽天・ヤクルト)、ルシアノ・フェルナンド(元楽天)を獲得した。中でも目を引いたのは高卒投手5人を獲得したことだ。
先発としてはNPBの経験も豊かな由規と、去年エースとして成長を見せた尾林直幸を二本柱としてローテーションを守らせる。そして高卒投手は最初戦力として考えず、体を作ってからじっくり投げさせる計画を立てていた。
また、BCLドラフトで獲得した大卒内野手二人、押川魁人と樋口正修はいずれも俊足。昨年途中入団した外野手の大堀泰世、金城義と合わせて4人がほぼ「グリーンライト」で走れるという俊足軍団を組織した。
その後「武蔵ロケッツ」という名で走りまくった4人のうち、怪我で途中離脱した押川を除いて3人が、シーズン盗塁数40個以上。チーム全体では60試合で164個という驚異的な数でリーグ新記録を叩きだした。
俊足が並ぶ打線だが、打力も十分にある。得点力は昨季より大幅にアップした。チーム打率は.285。片山博視投手コーチ兼内野手が首位打者とベストナインを獲得し、大堀が東地区最多盗塁とベストナイン、金城が東地区最多安打でベストナイン、フェルナンドが東地区最多打点受賞となった。
先発では由規が8勝を挙げた。夏場には調子を落としたが、その分ルーキーの投手たちが成長して補う。また、シーズン途中に入団した小野寺賢人、中嶋涼といった新戦力が大きな力となり、総じて負けが込むことがなかった。
セットアッパーとして8回の辻空(元広島)、9回の利光康介は固定。完投する投手はいなかったが、投手陣全体での運用は堅実だった。由規は東地区最多勝、利光がリーグ最多セーブを獲得している。 コロナ禍と雨で試合数は消化しきることができず、チームごとに試合数が異なる結果になったシーズン。地区交流戦も終盤には中止が発表され、優勝の決定は残り試合と勝率とのにらめっこになった。
そして9月9日。予定されていた試合が雨天中止となり、振替試合が開催されないと決定された瞬間に埼玉武蔵ヒートベアーズの東地区優勝が決まった。試合に勝って優勝決定、という歓喜の瞬間はなく、その後セレモニーを予定していたホーム最終戦も雨で流れてしまった。
だが、チームの最終戦にあたる9月11日栃木ゴールデンブレーブス戦で、栃木球団の厚意により、胴上げを行うことが出来た。紙テープが飛ぶ中をファンの前で胴上げをし、ファンと一緒に写真に収まる貴重な時間となった。
ドラフト候補を育成するには
「武蔵ロケッツ」を作った目的は、本来チームの勝利のためというよりは、足に特化した選手を育て上げ、NPBドラフト指名を目指すことにある。そのために立正大学データサイエンス学部とも提携を開始した。練習で様々な角度から分析し、試合の結果からフィードバックを重ねる。来季に向けても続けていく試みだ。
角監督は、「チームのため」「優勝に貢献」などという平たい言葉を口にするなと選手に指導する。BCリーグでは自分のことだけ考えて、自分の武器を磨いて能力を上げていけばいい。それをまとめて勝ちに繋げるのは指揮官の仕事だからだ。今季のドラフト候補としては、投手では高卒右腕の長尾光、左腕の太田大和。内野手の樋口正修がリストに挙げられたが、NPBドラフト当日の指名はなかった。
3人とも来季の残留が決まっており、さらなる成長が必須となる。 長尾光はノースアジア大学明桜出身。高校でプロ志望届を出した逸材だ。入団してからフォームを一度作り直したが、後半戦では良いピッチングを見せていた。BCリーグ選抜にも選ばれて、スカウト陣の前で巨人三軍と対戦している。
変化球の評価が高く、今後ストレートの球速を上げていけば、来年の指名が有力になってくるだろう。太田大和は伸びしろのある大型左腕。今季は伸び悩んだ感もあるが、素材としての評価は高い。来季も注目は必至だ。 角監督は「今季のチームで一番成長したのは樋口だった」と振り返る。開幕の頃には「足だけ」だったが、打力も急成長した。速球を強く弾き返す力があり、茨城に在籍した剛速球投手セサル・バルガス(オリックス)からホームランを打ったこともある。
終盤怪我や疲労もあって思うような力を出せなかった時期もあるが、BCリーグ選抜の対巨人三軍戦では4打数2安打と結果を残した。内野各ポジションに加えて外野守備も可能なユーティリティ性もポイントの一つだ。来季に向けて、今年の力にどれだけ上乗せ出来るか。指名なくドラフトを終えた瞬間から、次の年への戦いは始まっている。
来季「新ロケッツ」へ
初優勝を成し遂げた埼玉武蔵だが、今季在籍した多くの選手がチームを離れることになった。NPBを目指して独立リーグに在籍出来るのは、若いうちのほんの数年。長期間在籍する選手は稀だ。優勝という結果も選手が「野球をやり切った」と感じる一つの要素となる。
角監督のGMとしてのチーム作りも、来季を見据えての動きがシーズン中から始まっていた。「武蔵ロケッツ」も、金城・大堀・押川の退団に伴い、新たなメンバーで構成されていく予定だ。新入団が決まっている根井大輝(駿河台大)は樋口の後輩で俊足。また、新潟アルビレックスBCから移籍の石森亨外野手も期待される。
投手では来年も由規・辻空を中心に、若手投手が成長していけば、人材的には揃ってくるだろう。 シーズンオフとなり、埼玉武蔵は春に続いて秩父鉄道とコラボした「SLベアーズ号」を運行した。監督・選手がSLに乗り込み長瀞へ。
選手のトークショーやサイン会、チアのパフォーマンスなどで盛り上がった。球場を使ったファン感謝祭では、多くのファンが来場し、紅白戦やキャッチボール、サイン会などの交流を楽しんでいた。熱心なファンには定評のある埼玉武蔵ヒートベアーズ。
来季に向けてファンとともになお一層チームを盛り上げていくためのアイディアを、角監督はいくつも考えている。 来季掲げる目標はまた「優勝もドラフトも」ということになるだろう。特に優勝は今季「地区優勝」に留まった。「リーグ優勝」を成し遂げられるか。
もちろん他球団も目標は同じ。退団・移籍もあって選手は大きく動き、各球団とも来季の戦力は未知数だ。周りを見渡せば、北海道から九州まで、新しい独立リーグ、新しいチームが次々と出来、独立リーグ球団は多様化してきている。それぞれの球団が地域の中でどんな野球をし、どんな価値を生み出していけるのか。常に考え実践し続けることが大事になっていく。
東地区・中地区・西地区という12球団だった今季から、「北地区」「南地区」の8球団となるルートインBCリーグ。リーグも球団も変わっていくことが必須だ。2022年の埼玉武蔵のチャレンジに、これからも注目していきたい。