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プレミア12優勝で台湾野球が躍進ー日本と台湾が築く新たなライバル関係

第3回WBSCプレミア12は台湾が悲願の初優勝を飾った。侍ジャパンは準優勝となり、国際大会の連勝は27でストップした。「旋風」と言ってもいいほどに、今大会の主役に躍り出た台湾代表。決勝での劇的な勝利で爆発した歓喜の裏には、苦難の時を経てきた台湾野球の歴史と、今大会に賭けるチーム台湾の執念があった。※トップ画像出典/Getty Images

Biểu tượng img 20200702 114958Naoko Inoue | 2024/12/18

台湾在住の日本人で、20年以上前から台湾野球を見続け、日本への発信を続けている人がいる。台湾の放送局でラジオパーソナリティを務め、ライターでもある駒田英氏に話を聞きながら振り返る。

侍ジャパンに4-0で完勝した決勝戦

台湾にとって歴史的な1勝だった。プロを含めたトップチームの国際大会では初めての勝利。この大会では決勝前のラウンドでも2回対戦し、いずれも日本が勝利している。

オープニングラウンドで日本と同グループになった各国は、1位最有力である日本との勝負を避け、2位通過を狙った。グループBを4勝1敗の2位で勝ち抜けた台湾は、スーパーラウンド最終戦で日本と対戦。ただ、その日アメリカがベネズエラに勝利し、日本戦を待たずに台湾の決勝進出が確定した。そのため台湾側は予告先発だった林昱珉(リン・ユーミン)を罰金を払って変更し、代わりに陳柏清(チェン・ボーチェン)を先発させた。

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陳柏清(出典/Getty Images)

3回目の対戦となった決勝戦は、日本の先発が戸郷翔征、台湾は満を持して21歳のエース林昱珉。ダイヤモンドバックス傘下2A所属で3Aでも投げた左腕が決戦の大舞台に立った。

両腕の派手な刺青が話題になった林昱珉は、威力のあるストレートとスライダーを駆使し、適度な荒れ球で日本打線に連打を許さない。戸郷も力投し投手戦となるが、5回表、林家正(リン・ジャーチェン)のソロ本塁打で台湾が先制、さらに一死1,2塁からキャプテンの陳傑憲(チェン・ジェシェン)が値千金の3ラン本塁打で試合を決定づけた。日本も隅田知一郎、藤平尚真、大勢と好投したが、打線が台湾の継投から点を奪えない。

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陳傑憲(出典/Getty Images)

林昱珉のあと、続く張奕(ジャン・イー)、陳冠宇(チェン・グアンユウ)が無失点リリーフ。林凱威(リン・カイウェイ)がクローザーとして登板し、4-0の完封で劇的な勝利を飾った。

日台双方に代表辞退続出 戦前の予想は

プレミア12はシーズン終了後でもあり、侍ジャパンは故障を理由に辞退者が相次いだ。村上宗隆、近藤健介が不在の上、岡本和真、伊藤大海、吉川尚輝、万波中正が辞退した。

辞退者が相次いだのは台湾も同様だった。前述の駒田英氏はこう話す。

「戦前の予想としては、台湾メディアも有識者たちもファンも皆『かなり厳しいだろう』という反応でした」

元メジャーリーガーの張育成、国内最強投手の古林睿煬、フィリーズ傘下2Aの潘文輝など、トップクラスの選手の多くが辞退し、28人の台湾代表のうち海外在籍の選手は林昱珉と林家正だけだった。

その台湾代表が、どうして優勝できたのか。

要因は一つではない。駒田氏も「本当にたくさんのポイントがある」と振り返る。「その一つがスコアラーやアナリストによる徹底した対策です」

徹底したデータ分析と対策

台湾代表は、エース林昱珉、国際大会で実績のある黄子鵬(ファン・ズーポン)という柱の他にトップクラスの先発投手がいない。二人の投げる試合以外は早い回から継投が必須だった。

「打順も頻繁に入れ替えていましたが、一番光ったのが投手継投でした。MLBのワールドシリーズにインスピレーションを受けたそうです。投手コーチとブルペンコーチがそれぞれの投手のコンディションを把握した上で、一番いいパフォーマンスで上手く繋ぎました」

その裏には、徹底した相手チームの分析があった。スコアラーチームは人数も多く20人から30人ほどいたという。

「例えば決勝の戸郷投手には、左打者を並べた。浅いカウントではフォークをあまり投げてこないので、フォークを捨ててストレートに絞る。陳傑憲はフルカウントからでしたが、変化球を見切り、最後はストレートに絞ってホームラン。データが球を絞りやすくしていました」

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戸郷(出典/Getty Images)

ポイントだった韓国戦 勢いづけたキャプテン陳傑憲

台湾の大きなポイントは「初戦の韓国戦だった」と駒田氏は言う。

「どこのチームも日本戦以外にエースが投げる。台湾はホームアドバンテージがある台北ドームで1戦目が韓国、2戦目がドミニカ。その2戦をいかに勝つかでした」

所属球団からは林昱珉に「2試合」「75球」という制限が課せられていた。そのため、初戦の韓国戦と決勝という大事な試合の登板になった。韓国戦の林昱珉は4.2回を2失点。打線は陳晨威(チェン・チェンウェイ)が2回裏に満塁弾、さらに陳傑憲が2ランを放ち、一気に流れを引き寄せた。

「陳傑憲は8月から9月頃まで、誰が見ても不振は明らかでした。大会前の練習試合にはスタメンを外れた。曽豪駒監督はその陳傑憲を『3番でいく』と前日に伝えたそうです。陳傑憲は意気に感じて、しっかり応えた」

チームのムードメーカーでもあるキャプテン陳傑憲が見事に結果を出したことで、台湾は勢いづいた。

「彼は大きな舞台を与えられると、燃えて実力を発揮するタイプ。本当に心と体が強い。代表のユニフォームを着られることが誇りで、大きなモチベーションなんです」

ライバル韓国に大きな1勝、そして次戦ドミニカ戦も黄子鵬で勝った。チームが一気にまとまり、勝つことでムードも良くなっていった。

他国チームの結果も台湾の決勝進出に味方した。

「負けた試合も粘れていた。『今回の台湾は違うぞ』という感じが出てきていましたね。チームがすごく集中していたし、モチベーションが高かった」

最後まで付きまとった「2013年」の影を払拭

しかし、台湾有利な展開の決勝戦で、SNSのタイムラインに何度も「2013年」の文字が踊った。「安心できない」「また逆転されるかも」と。

ファンの脳裏にあったのは、2013年WBC2次ラウンドでの日本×台湾だ。4時間37分の激闘の末、4-3で日本が勝利。台湾が1点勝ち越した展開で、9回表に同点タイムリーを放ったのが、侍ジャパン現監督の井端弘和だった。

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井端弘和(出典/Getty Images)

あの日先発で、日本打線を6回まで無失点に抑えた王建民は、今回台湾代表の投手コーチを務めている。選手として戦っていたコーチ陣を、今大会の主力メンバーはテレビで見ていた世代だ。

「あの試合を見て野球を始めた選手も多かったと思いますよ。2013年は特にCPBLで八百長が何度も起きた後での国際試合の奮闘だったんです。一番苦しい時期にリーグを支えてくれた人たちが、日本を相手に善戦してくれた。

でも勝つと負けるとでは全然違う。今回勝ったことが、台湾球界には本当に大きいんです」

勝ったことで台湾に向ける目が変わる。プレミア12の意義も高まる。日本に縁のある選手も多く、日本の野球ファンからも好感を持たれる台湾野球だが、ライバルとして強くなれば野球全体での大きな進歩だ。

「栗山英樹CBOが古林睿煬の契約でいらしたとき、向こうからプレミア12優勝を祝ってくれて『これは台湾野球にとって大きな勝利ですが、日本、アジア、世界の野球にとってもすごくいいこと』とおっしゃった。本当にそう思います」

エース林昱珉に代表される台湾の「新世代」

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林昱珉(出典/Getty Images)

2018年から今年まで、台湾の高校生には「毎年怪物がいた」と駒田氏は言う。林昱珉はその一人だ。

「彼は普段は優しい人だけど、マウンド上だとすごく強気。特にU-12からずっと代表に入り続けている選手なので、21歳ながら国際大会の経験はすごく豊富なんですよね」

日本野球に対するリスペクトとは別に、日本に勝てないとは思っていない、そういう世代の代表格だ。

「大舞台にはかなり慣れてるし、そもそも子どもの頃から日本に打たれたとか、ひどく負けたとか、そういう経験がないんです」

2014年に台湾はU-21ワールドカップで優勝。さらに2018年、U-18アジア選手権で日本を破り、U-18カテゴリでの日本との対戦は接戦が続いている。今の20代半ばの選手たちは、日本戦に対する意識が以前とは違うのだ。

新世代は主にアメリカや日本へ渡っているが、さらに台湾を強くしていく未来を期待したい。

今後のアジア野球 日台が真の友人関係へ

国際試合を重視する台湾では、プレミア12の優勝を国を挙げて祝い、V戦士たちを様々に労った。劇勝の余韻はいまだ収まらない。

「その熱狂を一過性のものにせず、更なる野球振興に繋げられれば」と選手たちも識者も口を揃える。

台湾は国際大会でアンダー世代が強く、世界ランキングも2位につける。国内のCPBLは、台北ドーム元年でもあり、観客動員数を更新し続けた。CPBLには日本人指導者が多く在籍し、台湾野球に貢献してきた。距離的にも心理的にも近い両国は、これからも互いに貴重な存在であり続けるだろう。

「お互いにリスペクトして全力でぶつかるというのが、やはり理想の友人同士の関係だと思います。そういう形がより深まれば非常に嬉しいし、両国の野球界にとっても大きいですね」