SPIKE WARS-Tập 1 Kế hoạch so sánh giữa các nhà sản xuất-
So sánh giữa các nhà sản xuất Lập kế hoạch "Spike Wars"
Vàng Daren
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27/05/2012
-エピソード1 メーカー横断履き比べ企画-
【Diễn viên】
Người nghe (bộ phận biên tập)
Thạc sĩ Nagai (Hideki Nagai = Tokyo Verdi 1969 =)
◆メーカーの枠を越えた履き比べに戸惑う永井秀樹(45)。
──それではマスター・ナガイ、始めましょうか。前代未聞、日本発にしておそらくは世界初であろうプロジェクト。
Thạc sĩ Nagai 「ちょっと待った。そのマスターって何よ」
──あ、これはですね、キングギアの発起人Kが「すべてのコラムなり特集は映画かドラマのタイトルをもじったものにせよ」と。
Thạc sĩ Nagai "Yeah"
──で、永井さんの企画はですね、メーカーの枠を超えて、片っ端から履き比べをし、かつ寸評とジャッジを加えていただくものじゃないですか。
Thạc sĩ Nagai 「そう聞いてるけど」──ならばこれは戦争だと。ウォーだと。スパイク同士のウォーだと。
Thạc sĩ Nagai 「ちょっと待った。まさかとは思うけど、だからタイトルはスパイク・ウォーズで、俺はマスター・ヨーダ的立場ってこと?」
──発起人Kとしてはそのつもりのようです。ちょっと苦しいかな、とは本人も認めておりましたが。
Thầy Nagai「ちょっと、じゃないでしょ。苦しすぎ」
──はい、スタッフ一同もそう思ったのですが、じゃ代案を出せと言われまして。
Thầy Nagai「そしたら出なかった、と」
──はい‥‥。
Thầy Nagai「ま、いいか。達ちゃん(発起人K)とは俺が高校2年の時からの付き合いだし、打ち合わせの時も、“スパイク界の達人(マイスター)になってくれ”って言われてたから」
◆聞き手の発起人Kとは、国見高校2年の頃、欧州の地で偶然出会った。
──高校2年。ということは、マスター・ナガイが国見高校で全国初制覇をなさった時でございますね?
Thầy Nagai「そう。で、俺が高校選抜に選ばれて、ヨーロッパ遠征をしてた時、一人で放浪してた達ちゃんと出会ったのよ。まったくの偶然に。それこそ、あの人が大好きなボルシア・メンヘングラッドバッハのホーム・スタジアムで」
──ああ、聞いております。なんか、選抜の乗ってたバスがぬかるみでスタックして、選手たちがエンコラ押してるところにあの人が通り掛かったとか。
Thầy Nagai「うん。同じ日本人として見過ごせない、と思って手伝ってくれたらしいんだけど、そしたら、ウチ(国見)の小嶺先生から“キミはなんでこんなとこにいるんだ。ヨーロッパのサッカーを見て回ってる? じゃ、その時の様子を聞かせてくれないか”みたいなことになって、俺らの宿舎に連れてこられちゃったのよ」
──はあ。
Thầy Nagai「いまと違って、ヨーロッパのサッカーは現地に行かないと見られない時代だったから、小嶺先生もいろんなことを聞きたかったんだろうね。スペインから列車で各国を周りながらサッカーを見てきたっていうし、学生の分際で、その2年前にはメキシコのワールドカップも見に行ってたっていうんだから」
──本人曰く、異端児を超えて「こいつ大丈夫か?」的な目で見られてたそうです。
Thầy Nagai「でも、小嶺先生は興味津々だったし、実は俺らもそうだったのよ。で、達ちゃんが居候することになった部屋に俺とか礒貝(帝京)とかで押しかけて、メキシコでのマラドーナはどうだったのか、とか、カニージャって奴はどうなのよとか、いろいろ聞かせてもらってね。それからの付き合いかな」
──若い読者が生まれる以前の選手ですね(笑)。でも、確かにお付き合いは長い。
Thầy Nagai「で、数年前までは沖縄で一緒のチームだったし」
◆思い出話に花が咲く。FC琉球時代も苦楽を共にした。
──あ、そうでした。FC琉球。トルシエが総監督やったりしてた。
Thầy Nagai「達ちゃんの立場はスーパーバイザーだったのかな。何をやってたのかは知らないけど(笑)。まあ、あれは琉球が九州リーグに所属してた時、達ちゃんに連絡して“いまこういうところでプレーしてるんだけど、取材に来てくんない?”ってお願いしたら、大特集を組んでくれて、そしたらフロントの人間が勝手に“カネコタツヒト・FC琉球ドリームアドバイザー”って名刺を作っちゃったのがきっかけらしい(笑)」
──なんか、FC琉球ではいろいろあったみたいですね。良くも悪くも(笑)
Thầy Nagai「あった。凄くいい出会いもあったし、反面、思い出したくもないような裏切りもあったし(笑)」
──ま、そのあたりについては機会を改めてお伺いするとして、今回は連載第一弾として、この6足、お持ちしました。マスター・ナガイにはすべてのスパイクを履いていただき、忌憚なきご意見をうかがえればと。
Thầy Nagai「あれ? 達ちゃんからは去年のカンボジア戦で日本代表選手が履いた全スパイクって言われてたけど、6足だけ?」
──はい。調べたところ、全部で13モデルもあるということが判明しまして、まずはその半分を試着していただければと。
Thầy Nagai「了解。じゃ、どれからいこうか」
(以下次号へ)取材協力/東京ヴェルディ1969