「大丈夫、大丈夫」――“入江聖奈”独り言が生んだ強さと金メダルへの道
試合前、入江聖奈は異常なほどハイテンションだった。それは興奮ではなく、恐怖を打ち消すための“戦略”だった。誰かに「大丈夫だよ」と言ってもらいたくて、コーチに話しかけ続ける。 もし誰もいなければ、自分に言い聞かせる――「大丈夫、大丈夫」「なんとかなるよ」。慎重さと冷静さを武器に戦い抜き、彼女は金メダルを手にした。しかし、その先に待っていたのは「このメダルにふさわしい人間でいたい」という新たな戦いだった。 “自信”ではなく、“準備”と“覚悟”。それこそが、彼女を世界の頂点へと導いた。※トップ画像撮影/松川李香(ヒゲ企画)

「絶対に勝ちたい相手がいた」――執着したライバル、リン・ユーティン
撮影/松川李香(ヒゲ企画)
オリンピックが本当に開催されるのか、誰にも分からなかった。コロナ禍の影響で世界が混乱する中、選手たちはただ静かに、自分と向き合い続けるしかなかった。
「でも、私は『出るからには金メダルを獲りたい』という気持ちが強かったんです。」
その強い意志を支えていたのは、一人のライバルだった。
台湾のリン・ユーティン。
「絶対に勝ちたいと思っていた選手でした。でも、彼女は本当に強くて…まるで怪物みたいな存在だったんです。『やばい、どうしたら勝てるんだろう…』って、ずっと考えていましたね。」
公式戦では2度対戦。しかし、それ以外の練習試合や非公式戦も含めれば、入江が勝てたのは最後の1回だけ。それまでは、何度挑んでも勝てなかった。だが、運命のオリンピックで――彼女たちは戦うことはなかった。
「彼女が別の試合で負けてしまったんです。だから、オリンピックでは対戦できなかった。でも、私が出場した最後の国際大会で、ようやくリベンジを果たすことができました。」
戦いたかった相手とは、戦えなかった。だが、その瞬間、彼女の中に確信が芽生えた。
「彼女に勝った相手とは、私の相性が良かったんです。それで、『もしかしたら金メダルを獲れるかも』と思いました。」
「オリンピックのプレッシャーを乗り越えた“マイルール”」
オリンピックには「魔物がいる」とよく言われる。極限のプレッシャーの中で、本来の実力を発揮できなくなる選手も多い。
「でも、私はたぶん神様が味方してくれたタイプだったんですよね。だから、『魔物』はあまり感じませんでした。どの試合もそうですが、勝負は何が起こるか分からないので、オリンピックだから特別…ということはなかったかもしれません。」
試合前に特別なルーティンがあるわけではなかった。ただ、一つだけ、彼女には欠かせないものがあった。
カップラーメン。
「計量が終わった後は、いつもカップラーメンを食べていました。それが試合前の定番でしたね。」
そしてもう一つ、試合前に欠かせないものがあった。
プリキュアの曲。
「ノリの良い曲がいいんですよね! プリキュアを聴くとテンションが上がるので、試合前は完全に 『アゲアゲ』状態でした(笑)。」
「大丈夫、大丈夫」――独り言が生んだ強さ
彼女は、試合前にナーバスになるタイプではない。むしろ、異常なほどにハイテンションだった。
「試合前はずっと喋っていましたね。入場直前までコーチに話しかけ続けていました(笑)。」
それは、ただ興奮しているわけではなく、恐怖を打ち消すための方法でもあった。
「じっとしているとネガティブな感情が溜まりそうで…。だから、誰かに話しかけて『大丈夫だよ』って言ってもらいたかったんだと思います。」
もし周りに誰もいなければ?
「その時は 独り言 です(笑)。『大丈夫、大丈夫』『なんとかなるよ』って、自分に言い聞かせるように。」
海外の試合では、日本語を話せる人が少ない。それでも、彼女は気にしなかった。
「誰も日本語分からないし、ちょっと変なこと言ってるなーくらいに思われるだけだから(笑)。気にせずブツブツ喋ってましたね。」
言葉にすることで、気持ちを整えていく。それが彼女なりのメンタルコントロールだった。
「自信がないからこそ、強くなれた」――金メダリストの哲学
「入江さんならではの強みって、何だと思いますか?」
その問いに、彼女は少し考えた後、はっきりと答えた。
「左ジャブ。 そこには自信がありました。他の誰よりも得意だと思っていましたね。」
「ジャブが世界を制す」と言われることもある。
「そうそう!そこは私の大きな武器 でした。」
彼女はそう言って笑う。自然体で、軽やかで、どこまでも "らしさ" を貫いたボクサー。
その拳は、確かに世界を制した。
スポーツ選手にとって「自信」は不可欠――誰もがそう語る。しかし、彼女は違った。
「別に自信がなくてもいい と思ってます。むしろ、自信がないからこそ頑張れたし、しっかり対策を考えることができたんです。」
試合前に「絶対勝てる!」と思った試合ほど負けている。だからこそ、彼女は自信を持たないほうが良かった。
「気持ちはリラックスしつつも、『負けるかもしれないな…』っていう心の保険 をかけていました。あまり楽観的にならないようにしていましたね。」
慎重さと冷静さを武器に、彼女は勝ち続けた。
「このメダルにふさわしい人間でいたい」――抱いた新たな使命感
では、ボクシングをしていて、最高の高揚感を感じるのはどんな時だったのか。
「やっぱり、試合に勝った瞬間 ですね。それ以外はないです。特にオリンピックで金メダルを取ったあの瞬間は、一生忘れられない感動でした。もう、あの感覚は二度と味わえないんじゃないかなって思います。」
「まるで麻薬みたいで、ちょっと怖いくらい(笑)」
オリンピックの金メダル――それは、何億分の一の確率で手にできるもの。
「そうなんですかね? そこは正直わからないですけど…。」
彼女はどこか飄々とした様子で答える。まるで、自分が「選ばれた人間」だとは思っていないかのように。
神様がくれた金メダル
「金メダルを取る運命だったのか?」
その問いに、彼女は少し考え込んだ。
「うーん…正直、わからないですね。なんで神様が私に金メダルをくれたのか、今でも不思議です。でも、この金メダルのおかげで、『金メダルにふさわしい人間でいたい』と思うようになりました。」
それは、もしかすると神様が示した一つの指針なのかもしれない。あるいは、単なる気まぐれだったのかもしれない。
「ほんと、なんなんでしょうね…(笑)。」
いつか年齢を重ねれば、その答えが見つかるのだろうか?
「いや、たぶん一生わからないと思います(笑)。だって、私が本当に金メダル級の実力だったかというと…そうでもないと思うんですよ。完全に運の要素もあったので。」
神様に好かれる行動をしようと思った
オリンピックの金メダルを取れる人と、取れない人。その違いは何なのか。
「それは私もわからないですが…でも、『神様に好かれる行動』が大事なんじゃないかなとは思います。」
では、彼女は運を味方につけるために何か心がけていたことがあるのだろうか?
「オリンピックの選手村に入ったとき、靴をちゃんと揃えるようにしていました。」
思わぬ答えに、思わず聞き返す。
「えっ、そんな小さなことから?」
「そうですよ(笑)。金メダルを取りたいなと思って、神様に好かれることをしようと思ったんです。」
普段からそういうことを意識していたのか?
「いや、全然やってないです(笑)。私、わりとガサツなタイプなので…。潔癖とか綺麗好きな選手は、もっといっぱいいたと思いますよ。」
彼女は「特別な存在」ではない。特別な才能があったわけでも、特別な運命を背負っていたわけでもない。
それでも、彼女は世界の頂点に立った。
自信がなくても、運がすべてでも、そこに「努力」と「覚悟」があったから。
入江聖奈(いりえ・せな)
2000年10月9日生まれ、鳥取県出身。小学2年生の時に読んだ小山ゆうの「がんばれ元気」の影響で、米子市内唯一のボクシングジムに入門。高校2年と3年で全日本女子選手権(ジュニア)を連覇を果たし、2018年世界ユース選手権にて銅メダルを獲得。日体大へ進学後、2021年東京オリンピックボクシング女子フェザー級に日本代表として出場し、金メダルを獲得した。日本女子アマチュアボクシング選手として史上初の金メダリストで鳥取県出身で史上初の金メダリストとなった。2022年11月に引退。日体大卒業後、カエル研究のため、東京農工大学院に進学。
Hair&make:Chiyo Kato (PUENTE.Inc)
Photo:Rika Matsukawa

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