
【選手ヒストリー】2球団で初打席初球本塁打を達成した“俊足のスイッチヒッター”ー加藤翔平(中日ドラゴンズ)活躍の軌跡/2024年プロ野球引退選手
加藤翔平は埼玉県立春日部東高校、上武大学を経て2012年ドラフト4位で千葉ロッテマリーンズに入団した俊足外野手。主に走塁面や守備面でチームに貢献し、2021年に加藤匠馬とのトレードで中日ドラゴンズに移籍した。2球団にわたって、初打席初球本塁打を達成した唯一の選手でもある。※イラスト/これ松えむ

高校までの活躍 埼玉県加須市で生まれ、三俣小2年生の時に野球を始める。昭和中学校に進学すると、加須シニアに所属して実力をつけた。
俊足で両手打ち、チームのベスト8進出に大きく貢献した高校時代
高校は春日部東高校に進学。高校1年生の夏に俊足を活かすために左打ちに挑戦する。コーチがつきっきりで指導を行った結果、約1か月後には練習試合で右中間に痛烈な三塁打を放つほどに成長した。
両打ちになったことでプレーの幅が広がり、2年生の夏の大会では県大会ベスト8に大きく貢献。3番中堅手として起用され、25打数13安打と好成績を残している。最後の大会となった3年生の県大会では、主将としてチームをまとめる立場を担った。しかし、北埼玉3回戦で越谷西高に3-4とサヨナラ負けを喫し、加藤の高校野球は幕を閉じた。
上武大学ではチームの中心選手に成長
高校卒業後は、上武大学に進学し1年生の春からレギュラーを担った。1年秋には1番で起用され、初戦の関国大戦で先頭打者本塁打を放つなど3安打2打点の活躍を見せる。
その後もチームの中心選手としてなくてはならない存在へと成長。3年春からは4季連続でベストナインを獲得した。4年春には打率4割を記録するなど好調で、大学通算打率でも.322、107安打、7本塁打、51打点を記録している。
Minh họa: Korematsu Emu
俊足巧打のスイッチヒッターとして1年目から活躍したロッテ時代
2012年のドラフト4位で千葉ロッテマリーンズに入団した。俊足巧打のスイッチヒッターとして1年目から1軍出場を果たす。レギュラー定着とはならなかったものの、23試合に出場しデビュー戦の初球から本塁打を放つ。さらに、同年進出したクライマックスシリーズ初戦でも初打席初本塁打を達成し、「持ってる男」といわれるなど上々のルーキーイヤーだった。
翌2014年は出場98試合と急増し、プロ初の盗塁も決めるなど俊足を活かした活躍を見せる。2018年は開幕スタメンを獲得するなどフロント陣からの期待も厚かったが、打率は2割台前半に留まり、絶対的レギュラーの座をつかむことはできなかった。 その後、2021年6月に中日ドラゴンズへのトレードが発表された。
中日移籍後も初打席で初球を本塁打。2球団で初打席初球本塁打を達成した唯一の選手に
中日ドラゴンズでもロッテ時代のデビュー戦同様、初打席で初球を本塁打にする。2球団で初打席初球本塁打を達成した唯一の選手となった。しかし、ここでもレギュラーとして定着はできず、代走や守備固めとしてチームを支えていた。
2022年は出場した66試合に対して、打席数は31。前年よりも試合数は増加したものの、この年も代走や守備固めとしての出場がメインだった。とはいえ、チームが勝っている場面で逃げ切りを図るには不可欠な存在であり、ここぞという場面で使われるスーパーサブとしてベンチでの準備は欠かさなかった。
2024年はシーズンを通して二軍での生活を余儀なくされた。加藤本人も、「シーズン中に一軍に昇格できなければ引退」と考えていた通り、今シーズン限りでの引退を発表した。
プロフィール
名前:加藤翔平(かとうしょうへい)
出身:埼玉県
生年月日:1991年3月28日(33歳)
身長/体重:183cm/90kg
投打:右投げ両打ち
ポジション:外野手
ドラフト年:2012年ドラフト4位
通算成績
実働12年:671試合(打率.242/341安打/16本塁打/94打点/47盗塁)
※記事内の情報は配信時点の情報です(2024年11月現在)

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