
柔よく剛を制す――。爽快な一本背負いを武器に戦う天才柔道少女の物語『YAWARA!』
2024年、世界が見つめたパリオリンピック。さまざまなドラマが生まれ、試合の流れを固唾をのんで見守った名試合もあまた生まれた。柔道もそのひとつで、世界を舞台に活躍する日本人選手のメダル争いが日々繰り広げられた。今回取り上げるのは、(今さらかもしれないが)一人の少女がオリンピックの舞台で輝くまでの紆余曲折を描いた傑作『YAWARA!』だ。※トップ画像/筆者撮影

最強の柔術家の手ほどきを受けた天才少女・柔
浦沢直樹による漫画作品『YAWARA!』の連載がスタートしたのは、1986年。その後1993年に完結し、単行本は全29巻が発行されている。アニメ化や映画化もされたヒット作であり、筆者も幼いながら連載当時の『YAWARA!』を目にした記憶がある。
主人公の猪熊柔は、都内の高校に通うごく普通の高校生だ。ただ彼女には、親しい友人にも隠していることがあった。それは「柔道がめっぽう強いこと」だ。柔の祖父・滋悟郎は全日本柔道選手権大会5連覇の実力をもつ柔道家であり、孫である柔は3歳のころから彼の厳しい指導を受けてきた。高校2年生の柔は「普通の女の子として過ごしたい」と柔道から距離をとり、おしゃれや恋愛に憧れている。
そんな柔が、ひったくりの犯人をとっさの“巴投げ”で取り押さえるという事件が起こる。その見事な巴投げをスポーツ紙の記者・松田に撮られたことから、柔の「平凡な女の子」としての日常は徐々に「天才柔道少女」として追われる日々へと変化していく。物語は「普通でいたいのに、なぜかトラブルに巻き込まれ、柔道で解決していく」という展開で、柔が不本意ながらもその強さで問題を解決していく様は痛快でもある。

スピード感あふれる試合シーンと現実とリンクしたストーリー
『YAWARA!』の物語の舞台は現実と強くリンクしている。1988年のソウルオリンピックや1992年のバルセロナオリンピックが、柔の活躍の舞台だ。ソウルオリンピックでは女子柔道が正式種目ではない公開競技として行われたが、『YAWARA!』でも同様の展開となっている。
この作品の面白みは、小柄で華奢な少女の柔(階級でいえば48kg級以下)が、72kg超級の選手や100kgオーバーの海外選手にも次々と勝利していくところにある。それもほとんどが“一本勝ち”だ。現在は廃止されているが、柔は体重に関係なくエントリーできる「無差別級」の選手として活躍していくことになる。これは祖父・滋悟郎もよく口にする柔術の基本的な考え方である「柔よく剛を制す」を体現しているのだ。力にものを言わせて相手と闘うのではなく、技のキレやスピード、タイミング、そして優れたバランス感覚によって相手のスキを突き、ほとんど力に頼ることなく勝利する。それが、祖父によって柔の身体にしみ込んだ柔道であり、対格差をものともせず勝ちを重ねる柔の姿に国民や世界が熱狂することになる。
「柔道なんて…」と自分の実力を隠し、平凡な生活を夢見る柔をたきつけようとする滋悟郎の画策によって登場するライバルたちも、最初は小柄な柔に対して「こんな女の子に負けるわけがない」と思っている。ところが試合場で柔に相対すると、あるものは油断したばかりに一瞬で投げ飛ばされ、またあるものはそのスキのなさに組み合うことができなくなる。当初は柔を見くびっていた選手や大人たちが、彼女の試合を観るとその意見を翻さざるをえなくなる。読者にとっては見慣れた柔の強さも、初めて目にする人の衝撃はいかばかりだろうか。
読む人をハッピーにさせてくれる物語のクライマックス
柔はソウルとバルセロナの舞台で選手として出場し、その名を世界に知らしめることになる。特に物語のクライマックスともいえるバルセロナオリンピックでの、柔のよき友人であり宿命のライバルであるカナダ代表のジョディとの試合は、これまでにない死闘となる。

お互いに組み合いながら心を交わす試合のシーン。そこでは、これまで柔に出会い、自分の価値観あるいは人生を変えられてきた人たちの姿もそこにある。多くの人の夢を背負いながら闘う一人の小さな日本人選手の姿は、試合を観る人たちの心に大きな波を起こし、日本中がその波に飲み込まれていく。「ヤワラ」コールが日本中でわき起こる。みんなが中継に釘づけになり、その行く末を見守る――。スポーツとは、そんな大きな力を秘めたものだったのだと思い出させられる瞬間でもある。
『YAWARA!』は、柔の柔道家としての日々と、ごく普通の女性としての日常や友人たちとの関わり、そして少しじれったくもある恋を描いた作品だ。だからこそ読者は柔を応援したくなり、彼女の心の動きに一緒に喜んだり、悲しんだりしてしまう。現実はここまできれいな「めでたし、めでたし」にはならないかもしれない。金メダルをとり、国民栄誉賞を授与されたあとも、選手の人生は続いていく。もちろん柔の人生も選手生活も続いていくが(彼女は1996年アトランタオリンピックへの出場も目指すことが示される)、その未来が明るいことを感じながら読み終えることができる、稀有な作品といえそうだ。

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