"Kunimoto Kamoto" Bóng đá của Nhật Bản ghi bàn cao nhất quốc gia ghi bàn thứ tư cao "Yuuko Nagatomo là một việc lớn"
1964年、東京で開催されたオリンピックにサッカー日本代表選手として出場した釜本邦茂氏は、日本代表監督を務めたことがあるイビチャ・オシム氏と対戦している。その後、日本全国でサッカーが普及し、今では国内外で活躍する選手が増えていることついて釜本氏が思うことは、いかに!?

<第1話は、こちらから。>
<第2話は、こちらから。>
<第3話は、こちらから。>

――1964年の東京オリンピックに日本代表選手として出場されましたね。
釜本:選ばれた時に嬉しかったよね。その為にサッカーをやってたから。だけど、あんまり結果が出なかったからね。僕は、最後の最後の試合で1点入れただけ。7,8位決定戦でユーゴスラビアと対戦して、オシム(イビチャ・オシム。元サッカー日本代表監督)に点を決められたんだよね。あいつは2点入れて、僕は1点決めてね。やっぱりサッカーは、点を入れなかったら面白くないよ。
――東京オリンピックで、サッカーは盛り上がりましたか。
釜本:日本の人はサッカーをまだ知らなかったから盛り上がらなかったね。サッカーの試合のチケットが余ってたから、たまたま観ただけでしょ。それから、サッカーって面白いんだなとなって、サッカーを教えようとする動きが全国にパーッと広まりスポーツ少年団ができていったよね。
今は、日本のどこに行ってもサッカーをやってるでしょ。でも、年中サッカーをやってたら駄目だね。違うこともやらせないと思うけどね。勉強もできなきゃね。
――今、釜本さんが現役選手でしたらプロを目指しますか。
釜本:それはプロ選手になるよね。
――出来るだけ早いタイミングにですか。
釜本:それはやっぱりね、自分が確固たることができるようになってからだね。例えば、国内でちょこちょこっとやって海外に行ってから試合にも出してもらえない人がいるね。何しにあんな所へ行ってるのかね(笑)。
まずは、国内で絶対的な選手にならないとね。たまたまゴールが入ったくらいで、18歳位で行って駄目になって帰ってきた選手もいるよな。日本でちょろっと良くなって、また海外に行ってまた出れなくて。海外に、あれくらいの選手は何人でもいるからね。海外で一本立ちをしようと思ったらそりゃ大変ですよ。何年もトップリーグでやってる長友佑都選手は、大したもんだよ。やっぱりサッカー選手は、長友みたいに動かなきゃだめだよね。
倒れるまでトレーニングをしないと駄目だよね。メキシコに行った時にちょっと走っただけでしんどかったことがあるよ。でも、だんだん慣れてきたからね。マラソン選手がよく高地トレーニングをしに行くのは、何回か繰り返して身体を造るためだからね。
-今話題の久保建英選手は、どうですか。
釜本:失敗してもいいから自分がやりたいことをもっとやって、何が通用しなかったのかということを自分で考えられるようにならないと駄目だね。
――釜本さんは、試合中にどのように考えていましたか。
釜本:僕がよく言ってるのが、例えばハーフラインでボールを触った時に、それをどこに返してそのボールがどう回ってくるか、自分がどう動いていくかと言うような、要するに脚本を書いて点を取りに行ったってことなんだよね。
どさくさに紛れてゴール前にいて、ボールが来たから蹴ったんじゃないとね。ボールの動きを見ながら、最後はどこでボールを受けるかということを計算しながらやってたよ。クラマーさんは、パスを出したら敵のDFが集まってくるから、敵がいないサイドにボールを速く入れてからボコボコ攻撃して飛び込んでいくというサッカーを教えてくれたよね。
だけど、今の日本は、サイドを変えてからまた元のサイドにボールを返してくるじゃん。なんでそこで1対1になったらいかないのか。自信がないから戦わないんだろうけどね。すぐボールを後ろに下げたりする。FWが僕だったら「何でボールを出してくれないんだ」って思うよね。
――それが長年言われる日本代表の得点力不足に繋がっているのでしょうか。
釜本:得点を決めるために、自分達の連携を作る練習をしないと。明日の試合で自分の隣の選手が誰なのかが分からない状態では、やろうと思ってもできないよね。
杉山さんと俺なんか同じことを毎日練習していたよ。「こうしたらお前がこっちへ行き、こう入ったら、お前はここへ来い」というパターンの練習を何回もやってたよ。
最近、日本選手のクロスが結果的に得点に繋がったとしても、それはただ蹴ってるだけでしょ。大切なのは誰に合わそうとしたのか、そこに合わせるように狙ってボールを蹴らなければね。

――現状では、そういったパターンも作りにくいってことですね。
釜本:そうだよね。いつボールを蹴ってくるかが分からないからね。僕がヤンマーにいた時、絶対にパスが来るのはネルソン(ネルソン吉村大志郎)からだけで、彼のように精度の高いパスを出せる選手が他にいなかったからね。だから、しょっちゅう2人でボールを蹴ってたよ。体の向きやボールの持ち方によって様々なボールの出し方のバターンを決めてた。
パス回しの練習は、FWはしなくて良いよ。ボールが来て、止めて、シュート打つ、これがFWの仕事だからね。パスよりもシュートの練習しないと。最近の選手は、あまりシューと練習をしてないでしょ。どうしてもパスを考えてしまっているよね。自分が蹴ろうと思ったら敵がいようが関係ないよ。ボールを置いてドーンと蹴れって。そのための練習をしておかないと。
第5話へ続く。
■ Hồ sơ
釜本邦茂(かまもと くにしげ)
1944年 京都出身
元サッカー日本代表
京都文教大学 客員教授
早稲田大学1年生で東京オリンピックに出場。大学リーグ4年連続得点王。卒業後ヤンマーディーゼルに入社。日本リーグ通算202得点。1968年メキシコオリンピックで銅メダル獲得、7得点。日本代表国際Aマッチ75得点(歴代1位)。国際Aマッチ得点率0.98は、世界歴代1位。現役引退後ヤンマーディーゼル・ガンバ大阪で監督を歴任。1995年参議院議員に当選。1998年から2008年7月まで財団法人 日本サッカー協会の副会長を務める。2005年には第一回サッカー殿堂に最年少で選出された。2006年には、京都文教大学の客員教授に就任。現役引退後から今日まで全国各地で既に1000回を超えるサッカー教室を開催し、のべ500,000人を超える子供たちを指導している。その中には中田英寿、中村俊輔、川口、宮本、稲本、大黒など、数多くの子供たちが後に日本代表選手へと成長している。2014年5月に旭日中綬章受章。
Ảnh phỏng vấn / Hidemi Sakuma
<第2話は、こちらから。>
<第3話は、こちらから。>
――1964年の東京オリンピックに日本代表選手として出場されましたね。
釜本:選ばれた時に嬉しかったよね。その為にサッカーをやってたから。だけど、あんまり結果が出なかったからね。僕は、最後の最後の試合で1点入れただけ。7,8位決定戦でユーゴスラビアと対戦して、オシム(イビチャ・オシム。元サッカー日本代表監督)に点を決められたんだよね。あいつは2点入れて、僕は1点決めてね。やっぱりサッカーは、点を入れなかったら面白くないよ。
――東京オリンピックで、サッカーは盛り上がりましたか。
釜本:日本の人はサッカーをまだ知らなかったから盛り上がらなかったね。サッカーの試合のチケットが余ってたから、たまたま観ただけでしょ。それから、サッカーって面白いんだなとなって、サッカーを教えようとする動きが全国にパーッと広まりスポーツ少年団ができていったよね。
今は、日本のどこに行ってもサッカーをやってるでしょ。でも、年中サッカーをやってたら駄目だね。違うこともやらせないと思うけどね。勉強もできなきゃね。
――今、釜本さんが現役選手でしたらプロを目指しますか。
釜本:それはプロ選手になるよね。
――出来るだけ早いタイミングにですか。
釜本:それはやっぱりね、自分が確固たることができるようになってからだね。例えば、国内でちょこちょこっとやって海外に行ってから試合にも出してもらえない人がいるね。何しにあんな所へ行ってるのかね(笑)。
まずは、国内で絶対的な選手にならないとね。たまたまゴールが入ったくらいで、18歳位で行って駄目になって帰ってきた選手もいるよな。日本でちょろっと良くなって、また海外に行ってまた出れなくて。海外に、あれくらいの選手は何人でもいるからね。海外で一本立ちをしようと思ったらそりゃ大変ですよ。何年もトップリーグでやってる長友佑都選手は、大したもんだよ。やっぱりサッカー選手は、長友みたいに動かなきゃだめだよね。
倒れるまでトレーニングをしないと駄目だよね。メキシコに行った時にちょっと走っただけでしんどかったことがあるよ。でも、だんだん慣れてきたからね。マラソン選手がよく高地トレーニングをしに行くのは、何回か繰り返して身体を造るためだからね。
-今話題の久保建英選手は、どうですか。
釜本:失敗してもいいから自分がやりたいことをもっとやって、何が通用しなかったのかということを自分で考えられるようにならないと駄目だね。
――釜本さんは、試合中にどのように考えていましたか。
釜本:僕がよく言ってるのが、例えばハーフラインでボールを触った時に、それをどこに返してそのボールがどう回ってくるか、自分がどう動いていくかと言うような、要するに脚本を書いて点を取りに行ったってことなんだよね。
どさくさに紛れてゴール前にいて、ボールが来たから蹴ったんじゃないとね。ボールの動きを見ながら、最後はどこでボールを受けるかということを計算しながらやってたよ。クラマーさんは、パスを出したら敵のDFが集まってくるから、敵がいないサイドにボールを速く入れてからボコボコ攻撃して飛び込んでいくというサッカーを教えてくれたよね。
だけど、今の日本は、サイドを変えてからまた元のサイドにボールを返してくるじゃん。なんでそこで1対1になったらいかないのか。自信がないから戦わないんだろうけどね。すぐボールを後ろに下げたりする。FWが僕だったら「何でボールを出してくれないんだ」って思うよね。
――それが長年言われる日本代表の得点力不足に繋がっているのでしょうか。
釜本:得点を決めるために、自分達の連携を作る練習をしないと。明日の試合で自分の隣の選手が誰なのかが分からない状態では、やろうと思ってもできないよね。
杉山さんと俺なんか同じことを毎日練習していたよ。「こうしたらお前がこっちへ行き、こう入ったら、お前はここへ来い」というパターンの練習を何回もやってたよ。
最近、日本選手のクロスが結果的に得点に繋がったとしても、それはただ蹴ってるだけでしょ。大切なのは誰に合わそうとしたのか、そこに合わせるように狙ってボールを蹴らなければね。
――現状では、そういったパターンも作りにくいってことですね。
釜本:そうだよね。いつボールを蹴ってくるかが分からないからね。僕がヤンマーにいた時、絶対にパスが来るのはネルソン(ネルソン吉村大志郎)からだけで、彼のように精度の高いパスを出せる選手が他にいなかったからね。だから、しょっちゅう2人でボールを蹴ってたよ。体の向きやボールの持ち方によって様々なボールの出し方のバターンを決めてた。
パス回しの練習は、FWはしなくて良いよ。ボールが来て、止めて、シュート打つ、これがFWの仕事だからね。パスよりもシュートの練習しないと。最近の選手は、あまりシューと練習をしてないでしょ。どうしてもパスを考えてしまっているよね。自分が蹴ろうと思ったら敵がいようが関係ないよ。ボールを置いてドーンと蹴れって。そのための練習をしておかないと。
第5話へ続く。
■ Hồ sơ
釜本邦茂(かまもと くにしげ)
1944年 京都出身
元サッカー日本代表
京都文教大学 客員教授
早稲田大学1年生で東京オリンピックに出場。大学リーグ4年連続得点王。卒業後ヤンマーディーゼルに入社。日本リーグ通算202得点。1968年メキシコオリンピックで銅メダル獲得、7得点。日本代表国際Aマッチ75得点(歴代1位)。国際Aマッチ得点率0.98は、世界歴代1位。現役引退後ヤンマーディーゼル・ガンバ大阪で監督を歴任。1995年参議院議員に当選。1998年から2008年7月まで財団法人 日本サッカー協会の副会長を務める。2005年には第一回サッカー殿堂に最年少で選出された。2006年には、京都文教大学の客員教授に就任。現役引退後から今日まで全国各地で既に1000回を超えるサッカー教室を開催し、のべ500,000人を超える子供たちを指導している。その中には中田英寿、中村俊輔、川口、宮本、稲本、大黒など、数多くの子供たちが後に日本代表選手へと成長している。2014年5月に旭日中綬章受章。
Ảnh phỏng vấn / Hidemi Sakuma

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